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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(行ツ)20号 判決

仙台市青葉区川内

上告人

財団法人 半導体研究振興会

右代表者理事

長谷慎一

右訴訟代理人弁護士

青柳洋

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和五九年(行ケ)第二六二号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年一二月二日言い渡した判決に対し、上告人から全都破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青柳洋の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 草場良八 裁判官 中島敏次郎)

(昭和六二年(行ツ)第二〇号 上告人 財団法人半導体研究振興会)

上告代理人青柳洋の上告理由

第一点 原判決には禁反言の原則及び信義誠実の原則について判決に影響を及ぼす重大な法令違背があるものである。

一(1) 本出願(昭和四七年特許願第六八九〇四号)について、被上告人は先に、昭和五十六年九月一日に、審決を行っているのであるが(以下前審決と称する。)その時の理由は、

「本願発明と原出願中に記載された発明を比較するに透明固体材料としてガラスを用いる旨の開示は原出願には全くなかったので、本願は原出願に含まれた発明の一部を分割したものとは認められず、特許法第四四条第一項の規定に反するので同条第二項の出願日の遡及は認められない」とし、本出願は原出願とは別箇な新たな出願であるとしていたものである。

(2) これに対して東京高等裁判所は昭和五十八年十月二十日昭和五六年(行ケ)第二五七号審決取決請求事件において(以下前判決と称する。)「原出願の発明における透明固体材料は、ガラスを含むことが開示されていた」とした上で

「原出願にその旨の発明の開示が全くなかったので、本願は原出願に含まれた発明の一部を適法に分割したものとは認められないとした判断は誤りであり、これを理由に原出願日への遡及を否定し、本願発明が原出願日以後の刊行物である第一引用例ないし第五引用例と同一であるとした審決は違法であるから取消されるべきである。」と判示した。

(3) この東京高等裁判所判決を受けた被上告人は昭和五十九年十月九日更に審決を行い、(以下本審決と称する。)今度は

「本願の発明は原出願の発明が含むところの透明ガラスを明記したにすぎないものであり、当然に原出願の発明に含まれるものであるから両者を別異のものとすることはできない。」とし

「本願の発明は原出願の発明と同一であり…分割は不適法であって出願日の遡及は認められない」との理由を示すに到ったのである。

(4) 上告人は被上告人のこのような本審決の理由について、従来、

「本出願は原出願に記載した事項の範囲外の事項を要旨としている」とし、「当初の明細書(原出願)に記載されていた発明とは異なる別の発明」として「透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明の開示は原出願には全くなかった」として適法な分割出願にはならないとしていた被上告人が、今度は一転して全く相容れない反対の「本願の発明は原出願の発明が含むところの透明ガラスを明記したにすぎず…」とし「本願の発明は原出願の発明と同一であるから…」分割は不適法などと主張するのは、まさに禁反言の原則、信義誠実の原則に反するものであり、許されてはならないことと主張したのである。

二(1) 上告人のこの主張に対して原判決は

「一定の分割出願について、先の審決が(甲)の要件を欠いているから不適法であるとしたのに対し、判決が(甲)の要件を満たしているから不適法とはいえないとして先の審決を取消した場合、再度の審決は判決の理由中の判断に拘束されて(甲)の要件を満たしていると判断しなければ表らないが、判決の理由中の判断で触れていない(乙)の要件の成否については新たに判断を加えなければなら表いことは当然であり、審理の結果(乙)の要件を欠いているとの判断に到達した場合には、分割出願は不適法であるとした先の審決と同一の判断をすることは何ら妨げられない・・・再度の審決において(甲)の要件は満たされているとしたうえ、(乙)の要件を欠いているからやはり分割出願は不適法であるとすることは何ら禁反言及び信義誠実の原則に反するものではないというべきである。」と判示した。(原判決二四頁第十一行ないし二五頁第五行目まで。)

(2) 然しながら、上告人が禁反言といい、信義誠実の原則違背といっているのは再度の審決において、やはり前審決と同じ「分割出願は不適決」との審決主文が出されたことを指しているのではない。

原判決のいうように、(甲)の要件は満たされるとしたうえ、(乙)の要件の成否について新たな判断を加えるに当ってその(乙)の部分に前記一の(1)ないし(4)に記載したような全く相容れない百八十度反対の主張が許されてよいのか否かを上告人は問うているのであり、そのような恣意な信義誠実に反する主張は決して許されてはならないと主張しているのである。

上告人は原審において

「例えば債権者から貸金の返還請求を受けていた債務者が、貸金の成立は認めながら、その債権は弁済により消滅したと主張抗争し、長年の抗争の結果、弁済の事実が認められず、債務支払を命ずる判決が言渡されて確定したとする。この債務者は確定判決の拘束力によって再び、弁済による債権消滅の主張がなし得ないことは当然であるが、だからといって、そのことによって長年、自ら認めていた貸金の成立自体を否認することが許されることにはならない。それは禁反言として許されないことも当然である。」との例を設けてそのことを説明した。上告人が禁反言、信義誠実の原則違背といっているのは、原判決のいう(乙)の要件とされる被上告人の主張、理由の中に、このような矛盾、背反があり、それが許されてはならないといっているのであり、従って、原判決の前記の判示理由では、上告人の主張に対する説明にも応答にもなっていないと云わなければならない。

三 禁反言及び信義誠実の原則は、公人、私人、官民の別を問わず凡て遵守されなければならないことは当然である。

被上告人が拒絶理由として挙示しているその理由は終始一貫しているべきものであり十何年の長期間に亘って被上告人が自ら挙示してきた「本出願は原出願には含まれていない全く別箇な新しい出願であるから分割出願としては不適法」という拒絶理由が、今度は一転してそれとは相容れない全く逆な「本出願は原出願と全く同一のものであるから分割出願としては不適法」という拒絶理由に、すり換えられるようなことが許されるべきでないことは誰の眼にも明かなことである。

このような被上告人の主張が許されるとすればそれは行政に要求される筈の継続性も一貫性も全く無視され、特許庁はその都度、何を云おうと何を拒絶理由としようと自由であるとの恣意、勝手な判断を許し、しかもその結果、そのような理由によって特許権成立の拒絶がどこまでも続けられることをも許容することになるのである。

原判決は、禁反言、信義誠実の原則の違背の点について、このような重大な法令違反をしているものであり、須らく破棄されなければならないものである。

第二点 原判決は特許法第四四条第一項の解釈について、判決に影響を及ぼすべき重大な誤りをおかしているものである。

一 本件は、原出願がその請求の範囲を

「屈折率の大きい透明固体材料と屈折率の小さい透明固体材料とより成る光伝送路にして、該伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有することを特徴とする光伝送装置」

としていたのに対し、

本山願は昭和四十七年七月十日に特許請求の範囲を

「屈折率の大きい透明ガラスと屈折率の小さい透明ガラスとより成る可撓性を有する光の伝送路にして、固体拡散法により前記伝送路の軸線に対し直角的に連続的に変化する屈折率分布を有する如く構成したことを特徴とする光の伝送装置。」

として原出願の分割出願としてなされたものである。

その要旨を摘記すれば

(1)は、原出願に含まれていた種々の透明固体材料(透明ガラス、プラスチック、結晶ガフス等々)の中から特にをの一部である透明ガラスを特定、区分して分割出願を行ったものであり

(2)は、原出願中には、可撓性のものと、非可撓性のものとが包含されていたのであるが、その中から可撓性のものを分離区分して分割出願したものである。

二 これに対して原判決は種々の説明を経た上、

「右のとおり、原出願の発明と本願の発明とは、その基本的な技術的思想を同じくするべきものであるというべきところ、・・・」

「本願の発明は、原出願の発明に含まれていた種々の透明固体材料の中から、単にその一種である透明ガラスを抽出して構成要素としたにすぎないものであって・・・・オプティカルファイバーの材料が本願の発明においては透明ガラスであるのに対して、原出願の発明においては、透明固体材料であることをもって、本願の発明と原出願の発明とが同一のものでないということはできない」と判示した。

三(1) 原判決においては、このように原出願と本願とは基本的な技術的思想が同一であるから両者は同一であるということが強調され、材料を区分、分割しても両者は同一であるといっているのであるが、この考えは、

「特許法第四四条における「二以上の発明」に該当するものとして分割出願が認められるのは、上位概念の発明と下位概念の発明とが別異の発明であること・・・」という被上告人の主張(原判決二〇頁裏第一行ないし第四行)をうけて、原出願と本出願とが技術的に異なる思想に基づくものであることを要求しているのであるが、これは法令に定められていない要件を分割出願の要件として不当に追加、要求しているものである。

(2) オプティカルファイバーの材料を透明固体材料としていた原出願には、透明ガラス、プラスチック、結晶材料等々をそれぞれ材料とした二以上の発明が包含されていた。その中から材料を透明ガラスと特定して原出願の一部が分割出願されたのが本願なのであり、それだけで分割出願の要件は充足している。前審決はこの透明ガラスは透明固体材料に含まれていないから別箇のものであり、分割出願にはならないと拒絶していたのを前判決は透明固体材料中には透明ガラスは含まれるとして前審決を取消したのである。したがってこの前判決によって、原出願の透明固体材料の中からその包含されている一部分の透明ガラスを特定区分して分割した本願は、分割出願の要件を充たしているのであり、両者の技術的思想が同一であることはむしろ当然のことであり何ら分割出願の妨げとたるべきものではない。

原判決は、ここに新たに技術的思想の非同一性、新規性という法の要求していない別箇の要件を必要とするという見解を示しているのであり、これは明かに特許法第四四条第一項の解釈を誤まっているものと謂うべきである。

若し、原判決や被上告人のいう如く、材料を区分、特定した上に更に技術的思想の別異性、新規性が要求されるものとすれば、それこそ前審決のいうように「原出願に記載した事項の範囲外の事項を要旨とし」「両者は全く別箇な発明」として分割出願は不適法となるべきものであり、原判決はこの点につき明かな誤りをおかしていると云わなくてはならない。

四(1) 原判決はまた、「可撓性」の点について

「可撓性を要件とする本願の発明は、原出願の発明に含まれている」とし、

「可撓性は、クラッド型オプティカルファイバーに限らず光の伝送装置全般に好都合な性質のものであることは技術的に自明のごとであり、しかも本願の発明は単に可撓性を要件とするのみで、可撓性を具備するための格別の構成を伴うものでないから光伝送路に可撓性なる限定を付したことに本願の発明の特徴の一部が存在することはできない」と述べた上で、

「したがって、審決が屈曲性と可撓性とを同義とし、原出願の発明が可撓性のものを含むことは理解でき、かゝる限定の有無により両発明に実質上の差異があるものということはできないとした認定、判断に誤りはない」と判示している。(原判決三一頁裏ないし三二頁。)

(2) 上告人としては、屈曲性と可撓性とが同義でないこと、本願は原出願の発明に可撓性のものと非可撓性のものとが包含されていた中から可撓性のものを分離、区別したものであること、可撓性を有する光伝送装置は極めて有用な作用効果を奏し、そこに本願発明のオリジナリティーの一部が存在すること等々(原判決一三頁裏かち一四頁。一六頁第六行ないし同頁裏第五行まで。および二九頁裏ないし三〇頁第六行)の従来からの主張は依然として強調して主張するものであるが、本件の上告理由としては敢えてこれらを採り上げないこととする。

その理由は仮りに原判決の判示するように「屈曲性と可撓性とが同義であり、」「その限定の有無によって両発明に実質上の差異がない」ものという点を反論しなくても、すなわち、屈曲性と可撓性とが同一であるか否かの解明をまたなくとも既に三、の項において詳述したように本願は原出願に含まれる透明固体材料の中からその一部である透明ガラスを区分、特定して分割出願をしたものであり、それだけで特許法第四四条第一項の分割出願の要件を充足しているのであり、それ以上の要件を必要としないからである。

被上告人の主張、及び原判決の判示はそのほかに技術的思想の新規性、非同一性とか、屈曲性と可撓性の別異性とかを分割出願の要件として要求しているものであるが、それらは何れも特許法第四四条第一項に規定されていない事項を分割出願の要件として不当に要求した違法なものであり、明かに判決に影響を及ぼす重大な法令違背をおかしているものと謂わなくてはならない。

第三点 原判決は特許法第一七条第二項、第四四条、同第六四条、同法施行規則第三〇条の解釈につき判決に影響を及ぼす重大な誤りをおかしているものである。

一 この問題点を端的に要約すれば

「原出願の発明から本願の発明を除外する旨の原出願の明細書又は図面の補正がなされていないから両者は同一である」とする理論である。

二(1) 原判決の理由は先づ

「適法な分割出願の要件として、分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一でないことが必要であると解すべきことは前述のとおりであるが分割前の原出願の発明と分割出願に係る発明とが同一であっても、出願の分割に当たって原出願の明細書又は図面が補正されて両者が同一のものでなくなれば右要件を満たすことになることはいうまでもない。」

とのまことに不可解な議論から出発する。

(2) 原出願と分割出願が同一か否かということは、両者を対比しての本質上の問題であって、両者が本質上同一だというのであれば、そもそもそこに分割という観念が入りこむ余地はないのであり、さらに分割に当たって、原出願中から分割部分を除外する補正などということも観念上あり得ないことの筈である。

また、「原出願と分割出願とが同一であっても、原出願の明細書や図面が補正されて両者の発明が同一のものでなくなれば・・・」という議論も論理上はあり得ない議論である。原出願と分割出願とが本質上同一であるというのであれば、その一部を除外補正することによって両者が同一でなくなるなどということも生じ得ないことだからである。

原出願中に分割出願部分が包含されているからこそ、分割が可能なのであるが、包含されるということと同一であるということとは本質的に全く異なる概念であって同義でないことは明かであるが、それは原審でも強く主張したことであり、こゝには繰返さない。(原判決第一二頁裏第九行ないし第一三頁第六行まで。原審における上告人第三回準備書面中二の1の(イ)(ロ)の項)

(3) 分割出願にあたって原出願を補正するか否かは原判決も認めるように、あくまで「分割出願の体裁を整えるため・・・」(原判決第三三頁第七行以下)の手続上の補正の問題であり、これを同一か否かの本質論と混淆させているところに上告人としては今もって甚だ困惑を感じているところである。

三(1) 原判決は昭和四五年五月二二日法律第九一号による特許法第四四条の改正及び附則第二条により昭和四七年八月二五日まで分割出願をすることができたと判示しているが、その点については上告人としても何ら異論はなく、またその期間内に分割出願が行われているのであるから問題はない。

(2) 原判決は、さらに

「その際、分割出願の体裁を整えるために、原出願の明細書又は図面についてする補正は、出願公告決定後の補正に関する特許法第六四条所定の補正の時期的制限にかかわらず、これをすることができたものと解するのが相当であるとして、最高裁判所昭和五三年(行ツ)第一四〇号事件昭和五六年三月一三日判決を引用している。(原判決第三三頁表第十一行。)

(3) しかしながらこの最高裁判決は「分割出願は、明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず・・・明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであっても差支ない。」と判示された点に第一の要点があり、さらに

「・・・・同条の規定により指定された期間内に限り、特定の事項についてこれをすることができるとされているのであるから、これによれば、もとの出願につき出願公告をすべき旨の決定があり、その謄本の送違があった後は、分割出願を理由とする明細書又は図面の補正ができず、ひいては明細書又は図面の補正を要するような分割出願は、手続上不可能である場合もあるかのような観がないではない。しかしながらこのような結果は分割出願制度の趣旨が前記のとおりのものであるとする以上、到底容認することができないものであるから単に分割出願の体裁を整えるために必要な明細書又は図面の補正は前記特許法第六四条第一項の本文の規定にかゝわらず、これをすることができるものと解するのが相当である。」と判示したところに第二の要点があるものである。

そしてこのような判旨を導いた根本の理念として、

「特許制度の趣旨が産業政策上の見地から、自己の工業上の発明を特許出願の方法で公開することにより、社会における工業技術の豊富化に寄与した発明者に対し、公開の代償として第三者との間の利害の適正な調和をはかりつゝ発明を一定期間独占的、排他的に実施する権利を付与してこれを保護しようとするにあり、また、前記分割出願の制度を設けた趣旨が、特許法のとる一発明一出願主義のもとにおいて、一出願により二以上の発明につき特許出願をした出願人に対し、右出願を分割するという方法により各発明につきそれぞれもとの出願の時に遡って出願がされたものとみなして特許を受けさせる途を開いた点にある・・・」と述べて

発明者の保護が根本理念であるべきことを明示しているものである。この最高裁判決が本件の原判決において、なぜこのようなところに引用されるのか、上告人としては全く理解に苦しむところである。

(4) 右に記載したように、この最高裁判決は発明者保護の立場に立って分割出願は請求の範囲に限定されずに明細書や図面に記載されているものでもよいとし、さらに明細書や図面の補正は特許法第六四条第一項本文の期間外でもできるとしたところにその要旨があるのであり、原判決の意図するような「原出願の補正がなければ分割出願が不適法である」とか、「原出願の補正がなければ分割出願と原出願とが同一である」とかいうことには、一言たりとも触れていない。その意味では全く関係のない別箇の判示事項であり、また右最高裁判決の言う発明者保護の立場からいえば原判決はこの最高裁判決の趣旨とは逆に、これを発明者の保護の否定の面に引用しているのである。

のみならず原判決はこの最高裁判決の解釈について、重大な錯覚、誤謬をおかしている。すなわち

この最高裁判決の事例は出願公告決定後の補正については、特許法第六四条の時期的制限があって、一般に、不可能と解されていたこと、特許庁は右解釈を基にして出願公告決定後の補正は認めない立場を実務上堅持していたことを明示している。そしてこれに対して出願人の提起した争訟について、最高裁判所が昭和五六年三月一三日に発明者保護の立場から前記の判決を行い従来の特許庁の右見解取扱いが否定され覆えされるに到ったものである。

換言すれば昭和五六年三月一二日までは特許庁は出願公告決定後の補正は認められないとの見解と、実務とを通し続けていたのであり、それについて、昭和五六年三月一三日の前記判決がなされたのであるが、この最高裁判決によって、それまで従来の右の見解、実務に従って、原出願の手続補正を伴わずに提出されていた他の凡ての分割出願の案件についてその分割出願時に原出願の手続補正が行われるべきであったということになるのであろうか。本件について云えば出願公告されたのは昭和四六年八月二五日であり、本件分割出願を行ったのは昭和四七年七月一〇日である。そして前記最高裁判決のなされたのは昭和五六年三月一三日であり分割出願後八年八ケ月を経過した後のことである。

原判決は昭和五六年三月一三日の最高裁判決がなされたことによって、従来の特許庁の見解や実務にかゝわらず、八年八ケ月前の分割出願時に補正手続はとりうると判定されたのであるから、八年八ケ月前にその手続は行われるべきでありそれを行わなかったことが不適法になるというのであろうか。こんな非合理な議論はない。(何時の時期にどのようにしたら出願人は救済の措置をとりうることになるのであろうか?。)如何に考えてみても原判決のこの最高裁判決の引用は合点のいかない不当なものである。

(5) そもそも「分割出願の際には原出願の補正手続を必要とする。」とか「補正手続を伴わなければ分割出願が不適法である。」とか、況んや「補正手続が行われなければ両者は同一である。」とか、そのようなことは特許法には一切規定きれていない。

また、原判決の引用する前記最高裁判決も、そのようなことには、一切触れていないものであることは前記の通りである。

敢えて法規上に、これと関連のある条項を求めるとすれば特許法施行規則第三〇条において

「・・・もとの特許出願の願書に添付した明細書または図面を補正する必要があるときは、もとの特許出願の願書に添付した明細書または図面の補正は、分割出願と同時に行う」ことが定められているだけである。

これも「必要があるときは」という文言が示す通り、凡ての案件について、必須の要件として定められたもので左いことは明かであり、また、旧特許法施行規則第四四条第一項の「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為サムトスル者ハ其ノ一発明ニ付テハ出願ヲ訂正シ同時ニ他ノ各発明ニ付新ナル出願ヲ為スヘシ」との文言と対比してみれば新施行規則のそれが訓示規定或いは任意規定であることは明瞭である。そして前記最高裁判決もまた原判決自体も自ら「単に分割出願の体裁を整えるために必要な明細書又は図面の補正」という言葉で表現しているのであるが、この言葉が示す通りの意味しか、持たない筈の手続の補正でありこれによって権利の同一、非同一が決せられるとか、出願が適法になったり、不適法になったりするような性質のものではないことが明かである。

(6) この施行規則第三〇条の「補正の必要があるとき・・・」というのは如何なる場合であるかその基準は明かではない。しかし上位概念で表現されているものの中から下位概念で表現されるものを分割出願するような場合には原出願の補正は必要でないとされている。これは、上告人が独断的に主張しているわけではなく、著書(三宅正雄。特許法雑感第一六八頁)にも発表されている見解であり上告人としては当然の主張と考える。

そして原判決は二重特許の発生を防止するためと判示しているが、上位概念から下位概念を分割するような場合にはその関係が二重にならないことが明かであるからこそ、右の三宅氏のような見解が生まれているのであるし、また二重め特許ということは、少なくとも一方の特許が成立した上で他方が認められるか否かの際にそれが重複していないか否かを考察することであり二重の特許を防止するために一箇の特許も認められないなどという論理も許されるべきものではをい。さらに本件においては、原判決中の「特許庁における手続の経緯」(第二頁第三行以下。)からも明かなように二重の特許の可能性は全く存していないのであり、原判決の理由は到底納得することのできないものである。

(7) この点に関して被上告人は、かつて昭和五一年三月一九日の新法適用通知書(甲第五号証)においては、

「上位概念の物質の種類である光学材料を下位概念の物質の種類であるガラスに限定する場合、上位概念の物質と下位概念の物質とが等しくない限り(本願の場合等しくない。)この限定は単なる限定とは認められず、限定に意味あるものと認めるべきである。・・・・当初の明細書には上位概念である光学材料のみが記載されて、下位概念の物質であるガラスについては何ら言及されていないので、本願のように下位概念の物質であるガラスへの限定をした発明は、当初の明細書に記載されていた発明とは異なる別の発明と認めざるを得ない。」として分割出願が認められなかったものが

原審における主張では百八十度転換して

「分割出願が認められるのは、上位概念の発明と下位概念の発明とが、別異の発明であること、つまり上位概念の中から下位概念を抽出したものが上位概念の発明と同一でない発明と認められる場合であるから原告は原出願の明細書を補正して原出願の発明中に下位概念の発明を含まないような形にしなければならないのであって、原告が右の措置をとらないため・・・分割出願は不適法なものというべきである。」との主張となったのである。(原判決第二〇頁裏第二行目以下。)

これが被上告人である同じ特許庁が公に表現している見解であるが如何にしても、これを統一的に矛盾なく理解することは不可能である。

しかも原判決は結局この被上告人の主張を容認しているものであるが、まことに理解しがたい不当なものというべきである。

四 最後に原判決は

「明細書に記載された技術内容に関する手続補正は出願人が自己の意思に基づいて自発的に行うべきものであって、命令に応じで行うべきものではなく、・・・・・特許庁側が出願人に対して手続補正を命じなければならない法的義務はない。・・・・」と説いている。

(1) 特許法第一七条第一項が定めるように、手続補正は第一次的には出願人が自発的に行うべきものでみることは上告人も否定しない。然し第一七条の第二項には

「特許庁長官又は審判長は次に掲げる場合は相当の期間を指定して手続の補正をすべきことを命ずることができる。」との規定が厳として存在していることも事実である。

この手続補正が行われたか否かが本件分割出願の成否を決する要件であるというのならば、この第一七条第二項の二の

「手続がこの法律又はこの法律に基づく命令で定める方式に違反しているとき」として補正を命ずるべきものであろうと上告人は主張しているのである。そうでなければこの第一七条第二項は適用されるべき場合を欠き、この法条の存在する意味さえ失われて了うこととなる。然るにこれを手続補正を命じなければならない法的義務はないとの一言をもって排けようとする原判決は前記最高裁判決が謳っている発明者保護の根本理念を忘れたまことに不当なものと云わなければならない。

(2) 上告人が分割出願を行うに当たって、原出願の手続補正を行わなかったのは右に記述したように

(イ) 右の手続補正は訓示規定または任意規定であって必須の要件とは考えていなかったこと

(ロ) 上位概念である透明固体材料から下位概念である透明ガラスを区分分割するような場合には原出願の補正は必要でないと考えたこと

(ハ) そして何よりも、特許法第六四条の時期的制限によって出願公告決定後の右のような手続補正は不可能であると解していたことの理由による。

そしてこの中、少なくとも(ハ)の時期的制限によって手続補正が不可能と解していたことは被上告人も同様でありその見解に基づいて実務が処理されていたことは前記の通りである。

(ニ) そしてその後昭和五一年三月一九日に被上告人より前記の新法適用通知がなされてきたのであるが、それは「透明固体材料中には透明ガラスは含まれて居らず全く別箇の発明であるから分割は不適法」とするものであり、以後このことの当否をめぐって争訟が続けられてきたのである。

したがって、この争訟の中において、その論争点と全く逆な立場に立って透明固体材料の中からその一部である透明ガラスを区分、除外する手続補正などということは現実には全く考えることも行うこともできなかったことである。

(3) このように原判決のいう手続補正は、本件においては、分割出願時から現在まで一貫して終始これを行う余地はなかったことが明かである。

十何年かの日時を経過した後になって、右に述べたような経緯と事実とを無視したこのような手続補正を求めることは、机上の觀念論としてはあり得ても、現実にはそれを求めることは不可能なことである。

そして原判決はこのような現実には不可能な手続補正の欠如を挙げて分割出願を不適法とする理由にしているのであり、上告人としては到底承服し得るものではない。

以上、記述してきた通り原判決には数々の法令違背があり、それが判決に影響を及ぼすことは明かなものであり、須らく破棄されるべきものである。

以上

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